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イテテてー! right arm pain [スイム、バイク、ラン]

11月29日

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畑に行く途中ハクチョウの群に出会います。奥の山は弥彦山です。五十嵐川には「白鳥の郷公苑」というハクチョウの餌付けしているところがあります。瓢湖のように多数のハクチョウ、カモなどの飛来地ではネットで渡り鳥と観光客を隔てる措置がなされています。日本では鳥から人への鳥インフルエンザ感染例はありません。しかし、鳥インフルエンザなどのウイルスに汚染されている可能性がある渡り鳥との接触は極力避けるべきでしょう。

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畑でハクサイを採ってきて、また新潟市の実家に移植しました。他にもネギ、ダイコン、ニンジンも追加です。実家の畑が広がるばかりです。しただの畑は雪で採りに行けなくなるんで、新潟市へ避難です。

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実家の庭でも、花は終わりかけの小菊くらいですが、他に地味ですがビワの花は数少ない冬の花です。(左下)
センダンは毎年たくさんの実をつけます。もう葉はすっかりありません。(上)
家の周りの塀に張り付いているツタも葉を落としきりました。(右下)やっと落ち葉掃除をしなくてよくなりました。

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なぜか火曜日に実家と行き来するめぐり合わせになってしまいます。しろねも加茂もプールは休みです。そこで今日も関屋の西海岸公園市営プールに行きます。ここへは、海沿いの道をたどります。今日の日本海は荒れています。テトラポットと比べて波の大きさを想像してみて下さい。まあ、冬の新潟の海はこれから何時もこんなもんです。この海岸の直ぐ裏がプールです。
ずーっと右腕、右肩が痛いままです。20日ほど前に薪積みをして、右手で軽トラ一杯分の薪を投げ上げたせいです。なかなか筋肉痛がとれません。最初は痛くてたまりませんでしたが、それでも、2〜300mほど泳ぐと楽になりました。1,000mを越える頃にはすっかり痛くないです。でもって、調子こいて2,500m泳いじゃいました。いい気分です。
そんなわけで、食事、買い物して帰ったら7時まわってました。うーん!しばらくしてたらまた右手が痛くなりはじめました。調子にのり過ぎですね。情けない。
完全な体でバンバン泳ぎたいものです。


落葉松の落葉 Japanese Larch [自然]

11月24日

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家の前の県道がビッシリとカラマツの落ち葉です。
ラクウショウとかメタセコイアとかありますが、カラマツは日本の針葉樹では唯一冬には落葉する植物です。秋に黄葉してその後落葉します。名前の通り落葉する松なんです。

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うちの前に2本カラマツの高い木があるのですが、この時期これがなかなかの量の葉をあたりにまき散らします。落ち葉のカーペットのようです。


粟ケ岳とピーナッツ Mt. Awa and peanuts [ファーム・モリガメ]

11月27日

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雨っぽい日が続いていましたが、今日はスッキリ晴れてインディアンサマーっといった感じですか。畑から望む初雪をいただいた粟ケ岳と終わりかけの紅葉が初冬らしい風情です。初雪の白が若干弱いけど三段紅葉ですね。

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残りのピーナッツを全部掘り起こしました。粘土質の土なんで掘り出したピーナッツは泥だらけで洗うのに手間がかかります。でも美味しいよ〜!

ダイコン畑出現 transplant of radish [松浜]

11月24日

東京は11月の雪だとニュースで大騒ぎです。
こちらは良い天気です。10時過ぎからは青空も出てきました。

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午後直ぐに畑に行き、ダイコン、ネギ、ニンジンを抜いてきました。しただの畑は雪が積もると野菜を採りに行けません。雪で車が上がれなくなります。そこで、実家の庭に移植することにしました。例年なら新潟市内は雪の無い冬です。
明日の天気はあてにならないので、今日中に運んで移植することにしました。庭に運び込んで、草を刈り、穴を掘り、植え付けるのに30分もかかりません。突然庭に畑が出現です。これだけあればダイコン、ネギは一冬分足ります。(上)こっちに植えておけばいつでも掘って食べられます。
夏の草刈りで運びきれなかった植木の枝を軽トラに積んで帰りの荷物にします。(下)

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そうこうしているうちに陽も傾き、カリンの紅葉が輝いています。
荷造りが終えたら、しただにトンボ帰りです。
あー!忙しい、忙しい。

今度は右肩 Now the problem is right shoulder! [スイム、バイク、ラン]

11月22日

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母の病院は早く終わったのですが、寝不足なんでしばし午睡です。午後から西海岸公園市営プール(右下)へ行きます。白根も加茂もプールは休みな火曜日です。
信濃川の海底トンネルをくぐり、海辺の道を行きます。(左下)公園のケヤキはまだ葉が残っていますが、駐車場の木はスッカリ葉が落ちています。(上)この木は以前から樹種がわかりません。
10日ほど前の薪積みで右肩を痛めてまだ痛みが残っています。薪積みで投げ上げるのに右肩を使い過ぎたせいです。動かせば治ると思い2km
泳ぎました。その時は大丈夫でしたが、その後ダメージがきています。筋肉通です。多分!
あー!泳いでいい気分です。

海を見たくて no reason, but wanting to see the ocean [新潟]

11月22日

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母の耳鼻科は、ちゃんとした予約ではなく早いもの順です。早く名簿に名前を書いた者の勝ちです。前日ご主人が書いていってくれるというお婆ちゃんが何時も一番です。今日は下田からグループホームへ行く前に立ち寄り記入しました。おかげで先回より2人分早まり10人目でした。検査も特になく1回の診察で終わり1時間ほど予想より早く終わりました。
思ったより天気も良くなり暖かくなので、グループホームの帰り道、途中で太夫浜の海辺の森に行きました。海岸の手前に松林が並んでいます。海岸に沿って2本の砂丘が並行していて、そこが松林になっています。2本の砂丘の間は低地になっていて、その湿地は田んぼになっています。市街地はともかく、新潟市の海岸はずーとこういう構造のようです。佐泻なんかもこういう低地の池みたいです。風と砂の堆積が作り上げた地形のように思われます。
太夫浜では1本目の砂丘の森を「海辺の森」という公園として新潟市(?)が保存しています。キャンプ場もある気持ちのいいところです。

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古い洋式灯台を模した展望台も2つあります。上はその展望台から見た景色です。

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松林と海との間はグミ、ハマナスなどの低木と草本しかないブッシュです。
子供の頃秋になると、グミを採りに学校を終えてこの浜辺まで来ました。松浜の浜辺ではグミの木はあっても実は付いていませんでした。浜辺の子にみんな食べられてしまってたんではないかと思います。遠回りして新井郷川を越え、太夫浜、南浜、島見浜へと食欲にかられて出かけます。砂地の道は砂に下駄をとられて歩きにくいです。行きはグミへの期待でドンドン行くのですが、帰り道は同じところを帰ります。どこまで行くかの兼ね合いがむずかしく、遠くに行きすぎて帰りは暗くなり母に怒られることがよくありました。一人で行くことはあまり無く、近所の子2〜3人で行きました。そんなに夢中になったグミですが、今食べると渋く酸っぱくよくこんなものを求めて歩きまわったものだと呆れます。今日食べてみてグミは割に甘みがありました。ちょうどいい熟し加減だったのでしょう。今こんなのを食べる子もいなくて競争相手は野鳥くらいでしょうから実はたくさん残っています。
幼い頃の甘酸っぱ渋い味が懐かしいです。一緒にグミ採りに行った友だち(競争相手でもある。)が誰だったかもはっきり思い出せません。
子供の頃、ただグミといっていたこの渋いグミはアキグミのようです。

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南浜船溜りです。これは砂浜に作られた新しい港で、私の子供の頃にはこの港もなく、東港もなくて一直線なただの浜辺でした。何でもかんでも手を加えればいいというものではなく、かえって何もない一直線な長い砂浜って今では貴重なものだと思うんですがね。ここを子供の頃北に向かって歩く時、歩いても歩いても変わらない景色に、「無限」という距離や時間を意識したような記憶があります。
港の中にカモがいっぱいいます。(右下)
漁船に掲げたれた旗に「善寶寺」の文字が読めます。鶴岡の?と思い、後でググったらどうもそうらしいです。鶴岡の善寶寺は漁業関係者には海の安全に御利益のある寺として崇められているようです。善寶寺の境内(?)にあった、個人でやっていた鉄道博物館が有りました。横浜のお医者さんで写真関係の知り合いだったものですから、一度訪ねたことがあります。

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海辺の森公園の一直線な道です。ロードバイクで必死に漕ぐと35km/h位は出せます。東港の方まで砂丘の陰に沿って続いています。

海を見て昔を思いだしました。
そして、思ったんですが、私にとっては懐かしい海ですが、東京から左遷されて(左遷でなくともいいですが、何の関係もなく)新潟支社に来た人がこの海を見てどう思うことでしょう?特に真冬なんかね。フッとそんなことも頭をよぎりました。


女学校時代の先生 teacher of girls school days [母とのこと]

11月22日

緊急地震速報が入り、10秒ほどで強い揺れがきました。"4"はゆうにありそうです。長くパワーを感じる揺れでした。福島原発沖が震源地とのこと、案の定使用済み燃料冷却用のポンプに故障が起きました。日本がいかに危うい瀬戸際にあるか改めて肝を冷やしました。政府、東電の言い訳に騙されることなく、また時の流れに忘れ去ることなく、あの東日本大震災の時の恐怖(元々感じていない方もいらっしゃるかも知れませんが、)を思い起こすべきです。また、もし柏崎原発再起動などということがあれば、いつか必ず起きる想定外とかいう事故で新潟を捨てなければならない残念な日がくるかも知れません。289号八十里越国道の完成が望まれます。逆に福島原発側での事故でこの道が役立つような残念なことになるかも知れません。日の上らない朝はないらしいですが、事故の起こらない原発はないんです。

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耳鼻科の予約で母を迎えにグループホームに行きます。
母の部屋に多分母の作品と思われる貼り絵がありました。(上)これも素朴だけど、母的にはもっとちゃんとしたのが作れると思うのは私だけでしょう!
下は耳鼻科医院の内部の様子です。イヌカイ先生という先生です。母が「イヌカイ先生っていうだよね?」って突然私に聞きます。何かと思えば「女学校時代にイヌカイ先生という方がいた。」というのです。珍しい名前なんで習ってはいないけど名前だけは覚えているとのことです。だいぶ認知症の進んでいるような母ですが、フッと大昔の記憶が浮かんでくるのでしょうか?女学校(今の中央高校)時代が楽しい記憶なんでしょうか?竜巻を女学校の屋上から見た話も時々します。(他の誰も見てないんで、言っても信じてもらえないそうですが、息子には何度も言います。)ほぼ75年前の記憶です。

あちらを建てれば、こちらが建たず If you stand over there, this will not stand, one another. [日記]

11月21日

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ここのところ何日か単管パイプの小屋作りに悩んでおります。
裏山造成の邪魔になるので、重機の小屋を移動したのですが、ただでさえ歪みまくっていた小屋が、移動を繰り返したために酷くひしゃげてしまいました。
建てたまま手直ししようとしたのですが、結局小屋は倒れてしまいました。仕方ないので一から組み立てを始めたところ、ちょうど知り合いの加茂のオッちゃんが通りかかり、ありがたいことに、参戦してくださることになりました。後から思うと、一人では全く組み立てることは無理だったと思います。加茂のオッちゃんは建設業経験も豊富で、いろんなアイデアを持っています。監督をしていただきスムーズにことは進みだしました。先ずはカスガイをしっかり入れながらすすめることが重要です。そうでないと「あちらを建てれば、こちらが建たず。」の繰り返しです。
それにしても予想以上な難工事で、屋根のパイプ組みを乗せるところまでは行きましたが、その時点でタイムアウトです。
これから縦の支柱と屋根組みを固定して、更に下地の板を貼り、屋根材を張らねばなりません。パイプ組を終やす頃には雪になるかも知れません。
なかなかすすまぬ難工事ですが、建物を建てるいろんな技を加茂の師匠から学べることはありがたいです。

成功!八十里越フォーラム big success of Hachjurigoe Forum! [八十里越え]

11月20日

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NPO しただの里(理事長 大竹晴義氏)主催で、八十里越フォーラムが開催されました。会場の燕三条地場産センターでは予想以上の210人以上のお客様の熱気にあふれました。八十里越によせるみなさんの関心の高さを感じました。
第一部は、主に八十里越の現状や整備、古道調査などにつき長谷部忠夫氏(只見町)、浅井拓也氏(魚沼市)、大竹晴義氏(三条市)とそれぞれ活動されている方々の話がありました。(上)
第二部は、稲川明雄氏・長岡河井継之助記念館館長、飯塚恒夫氏・只見町郷土歴史家の八十里越、河井継之助、北越戊辰戦争の両専門家に国井雅比古・元NHKアナウンサーが司会・質問するディスカッションで行われました。埋蔵金話など一般の方に興味を持たれそうなポピュラーなネタ中心ながら、それはそれ両専門家の深い知識がうかがえる展開でした。そして国井雅比古氏のプロフェッショナルなインタビューが、なかなか普通の講演会では聞けない様な内容を引き出して下さいました。このお3人の顔合わせがお客様を集めて下さったことも確かです。(下)
そんなわけで大変面白い内容になり、お客様にもご満足いただけたようです。このフォーラムの結果として八十里越ファン、八十里越サポーターも更に増加することでしょう。よかった、よかった。

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といったわけで、その後の我々スタッフの反省会もシャンシャンの嬉しい成り行きでした。
私としては、今年春先に腰を痛めてほとんど道刈りなどの活動に参加できなかったのは残念でしたが、来年は体も万全にして仲間に協力したいものです。

少し飲み過ぎ I drunk too much. [日記]

11月19日

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高校柔道部OBの総会(忘年会的)に今年も参加です。(左中)
ホッコリ楽しかったです。高校3年間柔道部にいたことは、いまだに心の支えです。
楽しくて少々飲み過ぎです。6時から4時間以上飲んでます。新潟市のバス交通システムが変わった(BRT)ので、市役所前から松浜へ直通では帰れません。一度、バスセンターで乗り換えないといけません。(上)
いい気持ちでバス停3つほど寝過ごしてしまいました。(左下)ヤバイヤバイ!松浜の中心商店街ですが、お決まりのシャッター商店街です。
やまを越えて家に行く近道です。(右)この急坂の手前には戊辰戦争で庄内藩士・石原某が長州軍に遭遇して殺害されたという碑があります。河井継之助と付き合いの深かったスネルから武器を買い付ける商談をしての帰り道だったらしいです。薩摩藩邸襲撃の主導者でした。この襲撃がきっかけで戊辰戦争が没発しました。そういう歴史的因縁の場所です。でも、子供の私にはこの坂を上る時に角を曲がったら萎びた婆ちゃんがこっちを向いて立ちション(両足を隙間に突っ張るようにして)していたのに遭遇した恐ろしい場所でした。今は割に真っ直ぐな坂ですが、もう少し曲がりくねっていたような気がします。舗装もされてなかったし。